日馬富士 ホテルではなく何故太宰府天満宮で引退会見を?名句が心に沁みる

   


日馬富士関が引退をされましたね。

日馬富士関が絶対良いとか悪いとかではないんですが、日馬富士という力士の最後としては残念です。

日馬富士関・貴ノ岩関、どっちがということではなくただただ残念ですね。

で、日馬富士関の引退会見をした場所は太宰府天満宮でしたね。なぜホテルではなく太宰府天満宮引退会見をしたのでしょうか?

また、太宰府天満宮で思い出すのが、、、菅原道真の名句ですね。。。いや~心に沁みます。

 

 
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日馬富士の引退会見はホテルではなく何故太宰府天満宮なのでしょうか?

 

日馬富士関引退会見はなぜホテルとかの大きな広間とかではなく太宰府天満宮なのでしょうか?

おそらく答えはホテルがないとかではなく、相撲が国技だからだと思います。

また、日馬富士関が所属している伊勢ヶ濱部屋の宿舎が太宰府天満宮内にあることがホテルで行わずに太宰府天満宮で行った理由だと思います。

貴乃花親方が引退会見をした場所は国技館になりますのでやはり相撲にゆかりがある場所というのが大切だったのかもしれませんね。

ちなみに太宰府天満宮

 

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のように以前から相撲が出来る場所があり、伊勢ヶ濱部屋一家が泊まれる所があるためかと思います。

まぁ、ホテルへ移動するとまたマスコミの方たちがわちゃわちゃ来て近隣に迷惑になると考えたのかもしれませんね。。。

 

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日馬富士が引退会見をした太宰府天満宮ゆかりの名句が心に沁みる

 

日馬富士関引退会見した太宰府天満宮ですが、菅原道真公にゆかりがありますよね。

で、菅原道真公が残した名句

東風吹かば匂いおこせよ梅の花主人なしとて春な忘れそ

がこの日馬富士関の引退となんかシンクロしてる感じがして心に沁みます。。。。

意味

春の東風が吹くようになったら、花を咲かせて香りを届けておくれ、梅の花よ。 私(菅公)がいなくても、春を忘れないでいておくれ。

解説

この短歌は、菅原道真(すがわらみちざね・菅公)がうたった有名なものです。 彼は、もともと低い身分でしたが、学問に優れていたため、右大臣にまで出世しました。 当時の左大臣の藤原時平からねたまれ、あらぬ罪で、大宰府に左遷させられました。 その時に、梅が大好きだった菅公が京都の紅梅殿の梅に向けて詠んだ歌のようです。 現在も大宰府の天満宮には、梅があり、飛梅伝説として残っているようです。 「春を忘るな」は、「春な忘れそ」という記述の方が多いようです。

日馬富士関にとっての梅の花は相撲かもしれませんね。。。。

やっぱり残念ではありますね。。。

 
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日馬富士の引退後はどうする?

 

日馬富士関ですが引退後はどうするのでしょうか?

まだ日本国籍をとっていないので引退しても親方にはなれません。

親方になるには日本国籍が必要になってきます。

ちなみに2017年11月29日の日馬富士関引退会見では今後のことは語られておりませんでした。
日馬富士 引退後は弁護士か政治家か?相撲界に残れないのはなぜ?

ただ、

これからも、自分なりに恩返しして、相撲の名前を傷つけないように、ちゃんとした生き方をして恩返ししていきたいです。

親方、おかみさんの17年の教えの下で、学んだことを生かして、人様に迷惑をかけないように、ちゃんとした生き方をして、頑張っていきます。いくつもりでいます。

といことで道は外れないと信じております。

日馬富士関、最後はこんな終わり方になって残念ですがまだまだ人生長いので、また名前をお聞きすることを願っております。

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。

 
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